山宝レポート7(2024.2 .16更新

 2023年12月に、環境省のホームページに国立公園内の歩道の管理状況に関する調査結果が公表されました。タイトルは「令和4年度 事業執行者不在登山道等における管理等現状把握業務報告書」となっている。

 

 この調査は、国立公園内の歩道(登山道、探勝歩道、自然歩道、遊歩道など)で管理者が設定されていない、すなわち管理者不在の現況把握を目的に行われたものである。今後、歩道の管理のあり方を考える上で、必要な情報収集を実施している。歩道の管理者の状況のほか、登山者数のカウント、利用ルール、グレーディング制度、登山条例、裁判事例など、幅広く情報収集 を行なっている。

 

 各国立公園の管理方針を定めた、公園計画に記載された全ての計画歩道1127路線を調査。その結果、全区間で管理者不在が50%の561路線、一部区間で管理者不在は261路線、管理実態不明が40路線となっている。全区間で管理者が存在しているのは24%の265路線となっている。

 

管理者不在で荒廃が進行する登山道や災害発生時に迅速な対応ができないなど、多くの課題が指摘されている。管理者が不在のままに放置されてきた理由として、予算不足、管理体制の不備、管理責任への懸念、煩雑な手続などが挙げられている。

 

 中部山岳国立公園では72路線のうち、全区間で管理者が存在するのは12路線(16.7%)となっている。管理者不在の登山道が多いが、山小屋による実質的な管理が行われて公園である。

 

 秩父多摩甲斐国立公園では84路線のうち、全区間で管理者存在するのは20路線(23.8%)となっている。管理者不在の路線が49路線と多いが、都や県、市町村により実質的な管理が行われている路線が多い。

 

 富士箱根伊豆国立公園では95路線のうち、全区間で管理者が存在するのは20路線(21.0%)となっている。首都圏の利用者が多い公園であるが、管理者不在の路線が多い。

 

 南アルプス国立公園では22路線のうち、全区間で管理者が存在するのは6路線(27.3%)となっている。自然災害により、通行止めとなっている登山ルートも出てきている。

 

 尾瀬国立公園では21路線のうち、全区間で管理者が存在するのは13路線(61.3%)となっている。管理者の確定している路線の割合が高い公園である。

 

 磐梯朝日国立公園では75路線のうち、全区間で管理者が存在するのは20路線(26.7%)となっている。山岳団体が中心となり、協働管理運営方式で取り組んでいる山域である。

 

 今回の環境省の調査により、国立公園でありながら管理者不在の歩道が多数あることが判明しました。山域により様々な取り組みが行われていること、登山道の管理責任に関する課題があることなどが明らかになりました。(記録 森 孝順)

                 山宝レポート6(2023.11.30更新)

 

      小菅村における登山道管理体制の構築に向けて

 

 2023年10月26日、小菅村地域林政アドバイザー大野航輔さんの呼びかけにより、大菩薩嶺から小菅村田元に至る牛の寝登山道の現地調査に参加しました。登山道の整備と巡視のあり方、遭難の未然防止などを目的に、モロクボ平付近の甲州裏街道と言われていた古道である登山道を歩いてきました。小菅村、駐在所、環境省奥多摩レンジャー、地元関係者が参加して現地を見ながら意見交換が行われました。今後、この現地調査を踏まえて、小菅村の登山道の管理運営がどのように実施されるのが望ましいか検討が行われます。

 当日の配布した登山道に関する資料を以下に添付します。(記録:森 孝順)

 

めざそう、みんなの「山の道」

―私たちにできることは何か―森 孝順(登山道法研究会副代表)

 

北アルプス南部の登山道問題が表面化したこと

 新型コロナウイルスの感染拡大にともない、山小屋の宿泊客の大幅な減少により、これまで山小屋が資材を提供し、従業員を派遣して登山道の維持管理を実施してきたが、継続することが困難になってきた。

 

山小屋の負担を軽減するために、上高地を中心に2021年9月下旬から1ヵ月の期間、官民で構成する「北アルプス登山道等維持管理連絡協議会」が受け入れ窓口となり、1口500円の寄付金を登山者から募る実証実験を行なった。 

 

 北アルプス一帯は、自然公園法により中部山岳国立公園に指定されており、登山道の整備・管理は、本来、環境省が主体的に取り組むことになっていますが、実態はこれまで山小屋が中心となり、維持管理されてきたことがコロナ禍で顕在化しました。

 

 

登山道は誰が整備し、誰が管理しているのか

「登山道は誰が整備し、誰が管理しているのか」、この疑問から登山道法構想はスタートしました。自然公園法では、国立公園は環境省が、国定公園は都道府県が整備することになっていますが、国と地方自治体で整備し、維持管理されている登山道は一部に過ぎない。

 

多くの登山道は、人が繰り返し歩くことにより、自然発生的に成立した山道であり、事実上、管理者が不明なままで、山小屋関係者の自助努力や地域の山岳団体などのボランティア活動により維持されてきました。

 

日常生活に必要な道路は道路法により整備されており、山域の入山に必要な登山道も、法的な根拠の基に計画的に整備できないかとの議論が、山岳関係者の間で開始されました。

 

登山道法構想に関して、整備費用の負担、施設の管理責任、整備のあり方、地権者との調整、利用者の自己責任、協力金やボランティア活動による受益者負担、ルールとマナーの遵守などの様々な課題があります。

  

山域で発生している様々な問題とは

多くの国民が登山やハイキングを楽しんでいるが、その実態はよく分かっていない。登山道の利用状況、整備状況の現状把握が先行しなければならない。登山道の土地所有者、整備者の有無、路面や指導標識、避難小屋やトイレの整備、キャンプ場の整備、山小屋の関係者の協力、山岳団体などのボランティア活動など、登山道がどのように維持管理されているのか、或いはされていないのか、全国の山域の実態調査を実施しなければならない。

 

登山道法の制定は、山域で発生している様々な課題に取り組む契機となります。特に、入山料などの受益者負担や、公益的な役割を果たしている山小屋の支援について検討を行なう必要があります。

 

登山道の成立過程

 全国で登山者が利用しているのは、自然発生的な山道が多い。峠を越えて集落と集落を結ぶ生活道、山の手入れや炭焼きなどの山仕事の道、人馬が往来する物資運搬の道、山岳信仰の道など、昔から人々が歩いてきた山道が登山道として利用されるようになった。このため、誰が管理しているのか、判然としない山道も多く存在します。

 

国有林管理、水源林管理、電力施設の管理のための巡視道などが登山道として供用されてきたものもあり、さらに山小屋の経営者により、あらたに開設された登山道もあります。山域の山道は、これまで法的根拠も曖昧のままに利用されてきたと言えます。

 

 

登山道の複雑な土地所有関係

登山者は目的とする山頂に至るまでに、さまざまな土地所有者の道を歩くことになります。山林所有者の私有地、地方公共団体の管理する公有地、林野庁の管理する国有地、電力会社や製紙会社の所有地、お寺や神社の所有地など、多様な土地所有者の道を登山者は利用しています。

 

 登山者は山を歩きながら、誰が土地を所有しているのか気にもかけずに利用してきた。土地所有者側も、特段の不利益が生じない限り通行を黙認してきた。 この地権者との調整が、登山道法を考える上で、大きな課題となっています。

 

 

登山道は登山者だけのものではない

 

 登山道は道路法に基づく国道、県道のように、規格や構造などが一律に定められていない徒歩利用の山道です。野外レクリエーションの歩く道として、登山道、遊歩道、探勝歩道、自然歩道など各種の名称がありますが、その区別は曖昧です。よく整備された遊歩道から、ほとんど整備されていない険しい高山帯の登山道まで、多様な利用形態が存在します。

 

登山道は登山者だけのものではない。キャンプ、自然観察、山菜取り、渓流釣り、トレランなどの野外活動全般に幅広く利用されています。みんなが恵みをうける「山の道」です。

 

登山道の管理責任

 登山道の管理責任は、登山道が「通常有すべき安全性」を欠き、「設置・管理の瑕疵」がある場合に生じます。「通常有すべき安全性」は、登山道の形態によって異なります。登山道の立地、危険の性質、利用状況などにより、よく整備された登山道(遊歩道)、危険性の低い整備された登山道(初級)、危険性の高い整備された登山道(中級)、整備されていない登山道(上級)の形態に分類できます。

 

登山道の形態により、管理責任と利用者の自己責任の割合が大きく左右されます。これまで行政に賠償責任が生じた事例は、観光客の入り交じる遊歩道で起きており、本格的な山岳地域の登山道で管理責任を問われた事例はほとんどない。

 

 

登山道利用者の自己責任

登山道を通して山岳地域に入る行為は、様々なリスクを伴い、事故の発生する可能性が高い。もともと登山者は、自己の意志に基づき危険と隣り合わせの体験をしています。

 

 埼玉県では2018年から防災ヘリコプターの救助要請に手数料の徴収を開始し、自己責任での登山を求める警鐘となっています。登山者に自己責任を求める場合、登山道の難易度、潜在する危険性についてできるだけ情報提供する必要があります。また、事故発生時のトラブルを軽減するために、登山者が自らできる対応として、登山保険や傷害保険への加入があります。

 

 

官民の協働により、みんなで維持管理される登山道

 日本の自然公園の構造的な問題は、土地所有権を保持していない地域制の公園制度にあります。国立公園の管理者(環境省)と地権者(林野庁、地方自治体、民間など)が異なり、国立公園の管理者が責任をもって管理する体制にない。

 

 このため、国、地方自治体、山岳団体、山小屋などで構成する「協働型管理運営体制」に基づき、登山道の維持管理に取り組んでいます。

 

 大雪山国立公園では、官民協働の団体が組織され、「近自然工法」を採用して登山道の維持管理を行っています。また、飯豊朝日連峰では、全国からボランティアを募り、官民が協働して荒廃した登山道に対応しています。費用負担、管理責任、役割分担などに課題がありますが、全国に拡大する傾向にあります。

 

海外トレイルの「歩く権利」と「アクセス権」

イギリスでは、1932年に「歩く権利法」が成立していて、国有地、公有地、私有地を問わず、他人の土地を通過する権利、景色を楽しみ休息する権利を認めています。フットパスとは、誰でもがレクリエーションのために「歩く権利」を持つ自然歩道を意味しています。

 

北欧のノルウェーでは、1957年の「野外レクリエーション法」に、私有地、公有地を問わず、森林、山岳、沼地などへの「アクセス権」を規定し、自由に歩き回る権利を保障しています。

 

スイスでは、1979年に登山道を憲法に規定して、国が土地の所有者に関係なく歩道を認定し、維持管理は地元の自治体が行なっています。スイス国民の歩く道への熱意が現れています。

 

 

 一般に、先進国では登山道の管理者が明確であり、これらの国では登山道の整備費や事故の責任問題が、登山道の管理者不在の理由になることはない。

                                                                                                                 

国土の7割を占める山域に、山の道のネットワークの構築

日本は国土の7割を山域が占める山国です。高山帯、森林地帯、山麓には、登山道、遊歩道などがありますが、整備、維持管理の法的根拠があいまいのままに放置されてきました。

 

多くの人々が山の道を歩くことにより、生物多様性や温暖化などの地球環境問題に関心を抱く契機となります。また、全国に歩く道のネットワークを構築することにより、今までなおざりにされてきた広大な山域の資源価値が飛躍的に高まることになります。

 

登山道法制定の目的とは

登山道法制定の目的は、登山道の整備と維持管理を実施するにあたり、これまであいまいにされてきた国、地方公共団体、民間による役割分担を明確にし、利用者にも自己責任と応分の受益者負担を求め、将来に向けて安定した登山道(山の道)の利用を促進することにより、山村地域・山岳地域の振興と活性化に貢献することにあります。 

 

 

 特に、遭難救助、トイレの負担、安全登山などの公益的な役割を果たしている民間の山小屋事業者への公的支援を制度化する必要があります。 

 

登山道法(山の道法)はなぜ必要なのか

自然公園法がカバーしている国立公園、国定公園、都道府県立自然公園の指定面積は、国土全体の約15%です。残り50%以上にある山域の登山道(山の道)の実態は、ほとんど把握されていない状況にあります。 

 

 利用者の少ない山域では、標識も朽ち果て、路面は侵食されて、ヤブに覆われている山の道も出現しています。このままでは全国の山の道の整備・維持管理が、遠からず崩壊することになります。

 

 

インバウンド政策による外国人登山者の増加

新型コロナウイルス対策で一時的に減少したが、 これから日本経済に大きな影響を与えるのが、インバウンド政策による訪日外国人の山岳利用の増加です。

 

 富士山登山の約3割は外国人と言われ、今後、全国の山岳地に拡大することが想定されます。観光立国として海外からの登山客を安全に受け入れることは行政の責務であり、この観点からも、登山道の管理責任と利用者の自己責任を明確にした、法制度を導入する必要があります。

 

 

登山道法研究会の活動

 数年前から登山道の問題について、山仲間と情報交換をする勉強会を開始し、2019年9月に「登山道法研究会」という組織を有志により立ち上げた。2021年8月に「これでいいのか登山道」―よりよい「山の道」をめざしてのタイトルで登山道法定に向けた提案を報告書(第1集)としてまとめた。その後、ヤマケイ新書から要約版が出版されました。

 

2023年8月に、第1集に関心を寄せて頂いた方々を中心に、現場で登山道整備に尽力されている状況、登山道の望ましい管理のあり方、登山道法制定への期待などについて寄稿をお願いし、「めざそう、みんなの山の道」のタイトルで第2集を刊行することが出来ました。

 

  登山道が抱える様々な問題に、登山道を利用する側と登山道を整備する側の双方から関心が高まり、よりよい登山道を目指して議論が深まることを期待しています。

  

 

(参考文献)

1.森孝順他(2021)「これでいいのか登山道」 登山道法研究会編

2.森孝順他(2023) めざそう、みんなの「山の道」 登山道法研究会編

3.森孝順(2022)登山道法考(1)(2) 國立公園No802803 自然公園財団

4.愛甲哲也(2019)「どうなる日本の登山道」 日本山岳遺産基金 山と渓谷社

5.溝手康史(2018)「登山者のための法律入門」 山と渓谷社

6.平松 紘(1999)「イギリス 緑の庶民物語」 明石書店

7.平野悠一郎(2021)「登山道は誰のものか」 登山研修VOL.35 国立登山研修所

8.鈴木洋子(2019)「週刊ダイヤモンド 登山の経済学」 ダイヤモンド社