山宝レポート5(2023.7.11更新)

 

歩く道を憲法で保護したスイス 

はじめに

 2023年7月に発刊された「めざそう、みんなの山の道」―私たちにできることは何か―の報告書で、特に印象に残った記事を紹介します。この報告書は、21年8月に「これでいいのか登山道―よりよい山の道をめざして」の続編として、登山道法研究会により作成されたものです。

この中に、駒澤大学名誉教授の野島利彰氏が、「歩く道を憲法で保護したスイス」のタイトルで、スイスの登山道事情を報告しています。スイスでは、国民の歩く道への熱い思いが発揮され、山野歩行路(登山道)などの歩く道が、1979年に国民投票を経て、憲法に採択されることになりました。日本の山の道(登山道)の管理が、あいまいなままに放置されてきたことと比較して、対応の違いが際立っています。(写真提供:野島利彰)

以下、寄稿内容の抜粋です。(記録:森 孝順)

 

スイスの山野歩行路の取り扱い

スイスの山野歩行路は、道路のように国の管理下にあり、実際の維持管理は自治体の仕事であり、次のような取り扱いとなっています。

〇国(=連邦政府)が山野歩行路を認定する。そして全国的にこのような山野歩行路網が存在する。

〇認定山野歩行路の利用は無料。

〇認定された山野歩行路の維持・管理は地元自治体が行う。

 

〇歩行路が通る土地の所有者に関係なく国がその道を山野歩行路として認定している。

 

 

スイスの超民主主義イニシアチブ(国民発案)

スイスでは山野歩行路に関して連邦政府が認定権限を持っています。日本では国道に政府が権限を持っていますが、山野歩行路のような歩く道に対して政府は権限を持っていません。その意味で日本の歩く道は国から見捨てられ、誰が面倒を見ているのか分からない状況にあります。

スイス政府が山野歩行路に権限を持っているのは実は当然なのです。スイス憲法にそう書いてあるからです。

                                          

 

スイス憲法 88 徒歩路、山野歩行路、自転車道

1.    連邦は徒歩路、山野歩行路、自転車道の各ネットワークについて基本原則を定める。

2.    連邦はこれらのネットワークの設置と維持に関し、またネットワークの案内・紹介に関し、州ならびに第三者が行う措置を支援し、調整することが出来る。その際に連邦は各州の権限を尊重する。

3.    連邦はその任務を行なうに際しネットワークに留意する。連邦は徒歩路・山野歩行路・自転車道を廃止した場合、それに代わる道を設置する。

 

 憲法に「道の規定」とは少々場違いな妙な取り合わせですが、これは日本が決して真似できない超民主主義制度の結果なのです。日本では国レベルの法律はすべて国会で議員を中心に作られますが、スイスでは国民が憲法改正という形で新しい法律や制度を作ることが出来ます。国民がある法律が必要だと考えれば一定期間内に一定数の署名を集め、その法律を作るべきか否か国民投票に問うことが出来ます。

 

憲法に歩く道を求めたイニシアチブ

スイスはかつて5kmの歩行路と山野歩行路があることを誇り、世界中から歩くことの好きな国と見られていました。しかしその実態はモータリゼイションの進捗と共に薄れて行きます。歩行路や山野歩行路と宣言されている多くのルートが舗装道路となり、一般自動車交通に開放され、車やモーターバイクが山野に入り込みました。また何十年もの間に歩行路と山野歩行路は、連邦や州、また市町村による道路建設やその他の工事で断たれ、あるいは鋪装道路に変えられ、毎年平均1000km以上の山野歩行路が消滅して行きました。こうした中でかつての安全で平和な歩く道を求め、「歩行路と山野歩行路の法的根拠を求める作業共同体」ARP1973年イニシアチブを起こしました。

 

徒歩路・山野歩行路に関する連邦法 

憲法の条項だけでは短すぎて何の話かよく分かりませんが、この憲法の規定を受け1985年に成立した徒歩路・山野歩行路に関する連邦法(FWG)です。このFWGが憲法88条の内容を具体的に示しています。全部で17箇条ありますが、そのうち「本法の目的」と各ネットワークを説明する1条から3条、そして廃止されるのはどのような道であるかを示す7条のみを載せることにします。

 

 

 歩行者用道路・山野歩行路に関する連邦法

第1章       目的と定義

1条 目的

本法は互いに繋がりある徒歩路と山野歩行路のネットワークの立案、設置、維持を目的とする。

 2条 徒歩路ネットワーク

(1)   徒歩路ネットワークは歩行者が通行するための相互連絡路で、普通は住宅地にある。

(2)   徒歩路ネットワークは目的に応じて互いに結びついた徒歩路、歩行者専用路、住宅地内道路などの施設である。歩道および歩車分離帯も連結路として使うことが出来る。

(3)   徒歩路ネットワークはことに住宅地、働く場、幼稚園、学校、公共交通の停留所、公共施設、保養施設、買い物店などの必要性を見出し、それらを結び付ける。

3条      山野歩行路ネットワーク

(1)   山野歩行路ネットワークは主として休養に役立ち、普通は住宅地外にある。

(2)   山野歩行路ネットワークは目的に応じて互いに結びついた複数の山野歩行路で形成される。他の道、徒歩路ネットワークの一部、交通量の少ない道路も連結路として使用出来る。古道の一部区間も可能ならば含めることが出来る。

(3)   山野歩行路ネットワークはことに、休養に適した地域、景勝地(見晴らしの良い場所、河川湖水の岸辺など)、文化的名所、公共交通の停留所ならびに観光施設などを新たに創出する。

7条 代替路 

(1)   計画案に含まれる徒歩路ないし山野歩行路そのもの、あるいはその一部を廃止せねばならないときは、その土地の事情を考慮した上で、既存のまたは新た設置すべき道を適当なる代替路して設けるよう配慮する。

(2)   徒歩路と山野歩行路はことに次の場合には代替しなければならない。

a.    それらがもはや自由に往来できなくなった時

b.    崩壊により深く抉られ、また崩落により塞がれた時、そのほか行路が中断された場合

c.     比較的長い距離、車両の交通が多くなった、または一般車両に通行が認められた時

d.    比較的長い距離舗装が施され、歩行者には不適当である場合

(3)   各州は各々その範囲内で両歩行路の廃止に関する手続きを定め、どこが代替路設置の義務を負うかを決定する。