奥秩父の盟主、金峰山を訪ねる

 

奥秩父の山々の特徴の一つは、目立たないこと、地味であることと言われてきました。針葉樹に被われた山々が幾重にも重なりあって、遠くから山名を判別するのが難しいが、金峰山(標高2599m)は例外的に、山頂部に突起物のように屹立する五丈岩のお蔭で分かりやすい。

 

学生時代に信州峠からオオシラビソの暗い樹林の下を、倒木をまたぎながら小川山を経由して金峰山を目指しました。森林限界を突き抜けると、花崗岩の露出した明るい山頂が目の前に開けて、驚いた記憶があります。

今回はあらかじめ天気が好転することを確かめて、都心から日帰りで往復してきました。山梨県側から林道を使い、平日の早朝に到着したにもかかわらず、標高2360mの大弛峠の駐車場はすでに満杯でした。後から来た車は、道路沿いに駐車をしなければならない程の賑いです。

林道の利用で簡単に高度を稼ぐことができるので、足に自信のある登山者は峠の反対側にそびえる国師岳(標高2592m)にも、一日で往復してきます。

近年、高速道路の発達と林道の利用により、思い立ったら直ぐに登れる山々が増えてきました。若い頃、麓から苦労して登った奥秩父の最高峰である北奥千丈岳(2601m)も、今や身近な存在となりました。アプローチが容易になり、登山者も少なかった奥秩父の最深部も、人気のある山域に大きく変貌しています。

(森 孝順)

 

2014.9.25掲載

 

伊吹山に入山協力金の導入

 

滋賀と岐阜の県境に位置する百名山の一つである伊吹山(標高1377m)に、関係する行政機関で構成する「伊吹山自然再生協議会」により、2014年5月1日から、1人300円の入山協力金の徴収制度が導入されました。

 

目的として、植生の保全、持続可能な維持管理システムの構築、環境意識向上のための普及啓発と受益者負担の原則、入山者への質の高いサービスの提供を挙げています。

 

具体的には、お花畑の保護、登山道の補修、トイレの維持管理、美化清掃などに公的資金以外の費用を確保するために導入されたものです。今年は試験的な導入ですが、来年度から通年の徴収になります。

 

伊吹山は古くから神の宿る山として信仰の対象となり、古事記や日本書記に登場する名山ですが、近年は花の百名山として訪れる人が多い。9合目まで有料道路で到達できることから、毎年30万人を超える入山者を数えています。山頂付近は、1300以上の多様な植物の生育地となっており、草原植物群落が国の天然記念物に指定され、琵琶湖国定公園の特別保護地区になっています。

 近年、ニホンジカとイノシシの増加により、シモツケソウ等の群落が食害を受けて、本来の植物群落が減少している状況にあります。そのため柵を設置して植生復元を図っています。

(森 孝順)

2014.8.15掲載

 

サンライズ・サンセット

 

山の風景は、日の出と日の入りで刻々と変化するのが面白い。特に山頂で迎えるご来光は、日本人にとって格別のご利益があるようです。ご来光はもっぱら山頂で迎える日の出ですが、紛らわしいことにご来迎と言う表現もあります。

 

ご来迎は太陽を背にしたときに自分の姿が霧に映り、その周りに光の環が見られる現象です。阿弥陀仏が光輪を背負って来迎する様を言うようです。西洋では山は悪魔の住むところで、ブロッケンの妖怪と呼ばれ、不吉な扱いとなっているところに文化の違いがあります。

 

 富士山は毎年夏の2か月間で30万人を超える老若男女が、ご来光を求めて暗いうちから標高3776メートルの山頂を目指す、世界でも特異な登山形態を持つ山です。軽い高山病にかかり、8合目付近でご来光を迎えて下山する登山者も多い。

 

 富士山頂では高山病のせいか、周囲の風景が神々しく黄金色に見え、顔や手のひらも黄色くなったように感じます。霧の中で意識も朦朧としているときに、ブロッケン現象に遭遇すれは、無上の有難い体験となるでしょう。 

 稜線で夕焼けを眺めていて遅くなり、山小屋の管理人さんに迷惑をかけたことがありますが、登山の基本的なルールとして、山小屋にできるだけ早く到着し、早寝、早起きで行動することが当たり前となっています。

(森 孝順)

2014.8.4掲載

 

水流6景

 

「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」は、川の流れに生生流転の世の中を重ねている方丈記の冒頭の文言ですが、渓流のほとりで千変万化の水の流れを眺めていますと、時の経つのを忘れます。

山を登るときに、空の水筒をザックに入れて、湧水や沢水を汲みながら山道を歩くのが普通でしたが、いつの頃からかペットボトルの水を持参する登山者が多くなりました。上流にキャンプ場、山小屋、牧場などのある水系は、用心しなければなりません。

多摩川の源流域である笠取山周辺はかつて禿山でしたが、カラマツなどの植林が進み、今では東京都民の水源林として立派な森林となっています。源頭の水干(ミズヒ)には水の神が祀られています。生水が飲める水の恵みに感謝して、自然環境をこれからも大切にしたいものです。

世界的にみて、日本は美味しい水に恵まれています。水を安心、安全に飲める国は、十数か国しかありませんが、アジア圏では多雨、多雪の日本だけです。20世紀は石油を争う時代でしたが、21世紀は限りある水の確保の争いになると言われています。日本の山を守ることは、水を守ること、人々の生活を守ることになります。

                       (森 孝順)

                                    2014.7.9掲載

 

 

ブエナ・ビスタの山々

 

 ブエナ・ビスタ(Buena Vista)は、スペイン語で素晴らしい展望、絶景を意味します。山登りの楽しみの一つは、汗を流して到達した山頂から、雄大な景色を眺めることにあります。

 数年前に八ヶ岳山麓をドライブの途中に、信州峠から一時間余りで横尾山に登り、思いがけずブエナ・ビスタを満喫しました。山頂付近は火入れをされた痕跡があり、一面にカヤトの草原が広がり、瑞牆山、金峰山、甲斐駒ケ岳、八ヶ岳、そして山並みの上にそびえる富士山を望むことができます。

 奥多摩の山々では、戦後の拡大造林により、広葉樹が伐採されてスギ、ヒノキ、カラマツが植えられてきました。近年、これらの針葉樹が成長して展望を妨げ、山頂まで単調な暗い植林地の中を歩くことが多くなりました。

 新緑、紅葉、落葉の四季の変化を味わえるように、登山道沿いは広葉樹を残し、山頂部では眺望を楽しめるように、主要な展望方向の樹木の成長を抑制する景観管理が望まれます。昔から薪炭林や造林地として利用されてきた山域や里山では、展望を楽しめる管理伐採を積極的に進めたらどうでしょう。

 最近では、高尾山頂付近の枝おろし、陣馬山方面の稜線沿いの造林木の伐採や、針葉樹から広葉樹への樹種の転換を行うなど、展望に配慮したビスタ管理が行政主導で行われるようになってきた模様です。

 

(森 孝順)

2014.6.25掲載

名山に名湯あり

 

 山登りの記憶は、山麓での温泉の思い出でもあります。百名山の中で、火山性の温泉にご縁がないのは、早池峰山や筑波山など極わずかしか思い至らない。

 大雪山の層雲峡、八甲田山の酸ヶ湯、八幡平の玉川、白根山の草津、金峰山の増冨温泉など、下山後に汗を流し、疲れを癒した爽快感は、心と体に深く浸透しています。

 日本の山岳地域は、火山帯と重なるところが多く、至るところに温泉が湧き出しています。また、ボーリング技術の発達で、市町村による公共の湯が全国に広まり、入山者も手軽にその恩恵に浴しています。

 春を迎えた東北地方は、雪から解放されて心が躍り、野遊びを楽しむ絶好の季節です。山菜の中でも一番人気のネマガリダケの採取は、6月が旬となります。山麓の湯治場に生活用日を持ち込んで自炊をしながら、採取したタケノコを小遣い稼ぎに販売したり、自家製の缶詰めにしたりしています。

 農家の人たちにとっては、田植えが一段落した後に、湯治場は骨休みを兼ねて、山遊びのレクレーションの場でもあります。昔から、湯治場は心身をリフレッシュする、長期滞在型のリゾートの役割を果たしてきました。

 

 

(森 孝順)

2014.6.15掲載

「山はみんなの宝」憲章と「山の日」

 

 

 8月11日を「山の日」として、16番目の国民の休日とすることが決まりました。実際の施行は、2年後の2016年の夏からとなります。

 この山の日は「山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝する」ことを目的としており、昨年制定された、「山はみんなの宝」憲章と共通した内容となっています。

 山に親しむ機会として、登山、スキー、ハイキング、キャンプ、バードウォッチング、山菜採り、渓流釣りなど様々な活動が挙げられます。

 また、山の恩恵に感謝する事例としては、安定した水や清浄な空気の供給、土砂災害の防止、林産物の供給、多様な生物の生息地、人々の安らぎの場などが挙げられます。森におおわれた山々に、国民全体が恩恵を受けています。

 「山の日」の制定を歓迎するものですが、他方で遭難事故が増加する傾向にあります。山の自然の保護と適正な利用のあり方を提唱する「山はみんなの宝」憲章について、あらためてその趣旨の普及啓発に取り組んでいきましょう。

 

(森 孝順)

2014.6.2掲載

冠雪の北・中央・南アルプスの展望を楽しむ

 

 

 大陸からの寒波が到来すると、晩秋の高山帯は一夜にして雪化粧。今回は、東京のコンサル会社を辞めて伊那谷の高遠に移住、古民家をリフォームしている友人に誘われて、アルプスの展望地巡りを楽しむ贅沢な山行となりました。

 

茅野市を見下ろす杖突峠の茶店からは、眼前には蓼科山、右に八ヶ岳連山がそびえ、左の諏訪湖の背後には北アルプスが壁のごとく連なり、新雪に覆われた稜線が朝日に輝いていました。

 

 伊那谷と木曽谷を結ぶ権兵衛峠は、古くから米不足の木曽へ伊那の米を、牛馬で運ぶ山道として開発されました。ここからの南アルプスの展望は、なだらかな伊那の平野を前景にとても見事です。峠付近は薄らと粉雪が積もり、所どころイノシシに掘り返された黒い地面が目立ちます。

 

 交通の要衝であった伊那には、杖突街道、権兵衛街道の他にも、三河に至る三州街道、遠州・浜松の秋葉神社に至る秋葉街道などの古道があり、歴史を重ねた文化の交流が偲ばれます。

伊那市は「山の展望がごちそう」と自慢しているだけに、この時期、中央アルプスと南アルプスの一大パノラマが身近に堪能できます。

 

(森 孝順)

2013.12.13掲載

日光二荒山神社の霊峰男体山

 日光東照宮、華厳の滝、戦場ヶ原などは、関東地方の小学校の遠足や林間学校で昔から人気があり、その背後に聳えているのが標高2486メートルの男体山です。

 中禅寺湖の湖畔から仰ぎ見る男体山は、霊峰に相応しく端正な山容を誇り、登山意欲をかき立てられますが、標高差1200メートルの急登が続きます。

 湖畔の中宮祠の社務所に、入山料として500円を納め、お札をいただき朱塗りの登拝門をくぐり、巨木におおわれた石段の参道を登ります。この付近のモミの根元は、丁寧に黒いネットが巻かれています。シカの食害を防ぐためとは言え痛々しい風景です。

 効率よく標高を上げるにつれて、中禅寺湖、戦場ヶ原、湯の湖などが眼下に現れ、元気が湧いてきます。荒々しい噴火の痕跡が残る山頂からは、関東一円の展望が開け、素晴らしい景観が楽しめます。

 男体山は二荒山とも呼ばれ、全域が二荒山神社の所有地であり、日光の語源は、“二荒”を音読みしたニコウに由来します。豊かな自然と、奈良時代までさかのぼる登山の歴史が刻まれ、日光国立公園の中枢をなしています。

(森 孝順)

2013.10.03掲載